(精神保健福祉相談援助の基盤•事例問題1)
次の事例を読んで、問題30から問題32までについて答えなさい。
〔事例〕
D精神保健福祉士は、処方薬への依存のためにU精神科病院の薬物依存症外来に通うEさん(26歳、女性)が減薬を目的に入院したことを契機に担当となった。主治医から話を聞いたり電子カルテの情報を確認したりしたD精神保健福祉士は、Eさんが、幼少期の実母 による過酷な虐待や、思春期における性的被害の経験を有していることを把握した。そこで、薬物問題に加え、過去の逆境体験に対する理解や、その体験が現在に及ぼす影響をも視野に入れた支援が必要であると考えた。
(問題30)
入院時のEさんは挑発的態度を繰り返しており、病棟スタッフとの信頼関係を築けずにいた。D精神保健福祉士は、過去の体験に基づく強い人間不信や自己否定感が根底にあることを読み取り、温かく落ち着いた関わりを続けた。その結果、Eさんは、主治医とD精神保健福祉士には心を許すようになり、「死にたい」と苦しい胸の内を打ち明けるようにもなった。
(問題31)
Eさんは、病棟内のプログラム参加には消極的で、ルール違反ばかり繰り返していた。スタッフに注意されると、暴言を吐いたり自殺をほのめかしたりするので、スタッフの間にはEさんに対するネガティブな感情や不全感が蓄積され、いつしか病棟チーム全体が機能不全に陥りつつあった。そこで、D精神保健福祉士はケアカンファレンスでEさんを取り上げることを提案した。その中で病状や治療方針を共有したり、スタッフがEさんとの関わりの中で受けた傷つきや恐れの気持ちを表出できるよう働きかけたりした。また、相互の役割を確認し、日々の苦労をスタッフ間でねぎらい合えるようにした。その結果、病棟チームにあった刺々しい雰囲気が薄れ、Eさんの言動も徐々に落ち着きをみせるようになった。
(問題32)
D精神保健福祉士は、Eさんの退院後の安全な生活を重視するとともに、過去に植え付けられた無力感や自己否定感から解放されることを目標とした。そして、もう一度自分の人生 に対するコントロール感を取り戻すために、ストレングスに着目した支援を大切にしたいと考えていた。
問題30 次のうち、この時点でD精神保健福祉士が意識したEさんに対するアプローチとして、適切なものを1つ選びなさい。
1 フェミニストアプローチ
2 課題中心アプローチ
3 ナラチィブアプローチ
4 トラウマインフォームドアプローチ
5 解決志向アプローチ
選択肢の中には、聞き慣れないものがある。知らなければ自分で内容を推測するしかない。
本問では、DがEのトラウマに着目しているという点に着目することがポイントである。
Eは薬物依存外来に通う患者で、減薬を目的に通院している。Dが主治医から話を聞いたり電子カルテの情報を確認したりした結果、Eが、幼少期の実母による過酷な虐待や、思春期における性的被害の経験を有していることがわかった。そのためDは、「薬物問題に加え、過去の逆境体験に対する理解や、その体験が現在に及ぼす影響をも視野に入れた支援が必要であると考えた」とある。この時点でEが意識したDに対するアプローチとして選択肢の中で適切なものは、トラウマインフォームドアプローチであろう。
【正解4】
ソーシャルワンカーと一緒にワン ステップUP‼
トラウマインフォームドアプローチ:大きなトラウマを体験している人に対して、トラウマに着目し支援を組み立てる枠組み
トラウマインフォームドアプローチの主要原則6項目
1.安全
2.信頼性と透明性
3.ピアサポート
4.協働と相互性
5.エンパワメント、意見表明と選択
6.文化、歴史、ジェンダーの問題
問題31 次の記述のうち、D精神保健福祉士がこの時点において行った対応として、 適切なものを2つ選びなさい。
1 Eさんには内緒で、両親に希死念慮があることを話した。
2 つらくても死んだりしないという約束をEさんから取りつけた。
3 どんなときに死にたくなるかをEさんに尋ねた。
4 人の命がいかに尊いものかをEさんに説明した。
5 Eさんが正直に気持ちを話してくれたことへの感謝を伝えた。
本問は、臨床の場での対応を聞くものである。
問題文をざっと読んで、肢5が〇であることはわかりやすい。迷うのは、もう一つだ。
1は、×である。Eの気持ちをまったく考慮せず、まして内緒でこのような対応をすべきではない。
肢2、肢3、肢4は、悩んだ人も多かったかもしれない。というのも、現実にはどれもありそうだからだ。とりあえず、△にして、3つの肢を比較してみる。
2は、×である。約束を取り付けたところで、それが履行される保証はなく、Eの自殺抑止のために、専門職として積極的に取る対応ではない。
3は、〇である。Eがどんなときに死にたくなるかを尋ねて、Eの思いを聞くことは、傾聴と共に希死念慮の対応にも繋がる。
4は、一見よさそうに感じるかもしれないが、人の命が尊いという価値観はすべての人が有しているわけではない。確立した倫理であっても、それを受け入れ難い人もいる。
特に、「死にたい」というEに「理解してもらえない」という誤解を招く可能性もある。×である。
5は、〇である。
【正解3,5】
ソーシャルワンカーからのワン ポイントアドバイス
日本臨床救急医学会の「自殺未遂患者への対応」(平成21年3月)の中では、自殺未遂者に行ってはいけない対応として、「安易な激励、自らの価値観で相手を説得する、患者に話をさせない、一方的に話してしまう、患者自身を批判・否定する、カタルシスを精神状態の改善と勘違いする」が挙げられている。
問題32 次のうち、D精神保健福祉士がケアカンファレンスを通して病棟チームに果たした機能として、正しいものを1つ選びなさい。
1 管理的機能
2 メンテナンス機能
3 教育的機能
4 タスク機能
5 支持的機能
管理的機能・教育的機能・支持的機能は、多くの受験生が学習済であろう。
本問を通じて、メンテナンス機能とタスク機能も学んでしまおう。
Dが、カンファレンスの中で行ったのは、病状や治療方針の共有・スタッフがEとの関わりの中で受けた傷つきや恐れの気持ちを表出できるような働きかけ・相互の役割確認・日々の苦労をスタッフ間でねぎらい合えるようにしたこと、である。
ここに気付けば、メンテナンス機能を活用したことが分かる。
【正解2】
ソーシャルワンカーと一緒にワン ステップUP‼
メンテナンス機能・・・チームを維持・強化・関係補修のための機能
タスク機能・・・目的達成, 課題遂行のための機能
(精神保健福祉相談援助の基盤•事例問題2 )
スーパービジョンに向け、自分の関わりを振り返った精神保健福祉士(34歳、女性)の記録(事例)を読んで、問題33から問題35までについて答えなさい。
〔事例〕
Fさん(32歳、女性)は、私が勤務する精神科病院18歳から統合失調症で入院していた。私が担当になったのはFさんが22歳の春だった。入院中のFさんは年配者と過ごすことが多かったため、ロールモデルにできる人がおらず自分の将来像を描けないでいた。そのため、同世代である私は会うたびに話しかけ、Fさんの将来について語ってもらった。このことに刺激を受けたFさんは、次第に自分自身の存在を認め、退院を考えるようになった。
(問題33)
Fさんが退院したのは28歳の時だった。Fさんは受診時には必ず相談室に顔を見せ、これからの夢を語っていった。私はFさんとの関わりを通し、信頼関係の構築を実感できるようになった。この頃Fさんは、経済的自立をするために働きたいと話していた。私は夢 の実現への第一歩として、障害者就業・生活支援センターを紹介し、同行訪問することにした。面接の際Fさんは、「仕事がしたい」と伝えることはできたが、具体的な業種などの説明ができなかった。
Fさんは希望する業種の説明ができず落ち込んでいたが、普段は説明できていることや、夢や希望を持ち頑張れていることを伝えた。そして、働きたいという意欲を持っていることはFさんの強みであり、それが自己実現につながることをFさんに説明した。
(問題34)
Fさんとの出会いから10年が過ぎ、私は病院から地域活動支援センターに異動し、Fさんと会う機会も減っていた。ある日のこと、Fさんから手紙が届いた。そこには、仕事も生活も順調であること。また、「結婚を前提に付き合っている人がいるが、もし子どもができたらどうすればいいか」と悩みが記されていた。その内容は、結婚や子どもができるかもしれないという将来への希望と、病気を抱えながら育てることへの不安、服薬による胎児への影響を心配しているものであると理解できた。
(問題35)
問題33 次のうち、この時点で「私」がFさんとの関わりの際に支援目標として意識したこととして、適切なものを1つ選びなさい。
1 セルフエスティームの向上
2 服薬を自己管理する能力の向上
3 ストレスに対処する技術の向上
4 社会生活技能の向上
5 権利を主張する能力の向上
事例をよく読んで選択肢を吟味する。
1は、〇である。しかし、セルフエスティームの意味がわからないと判断ができない。わからなければ△にして次に進む。
2は、×である。Fが服薬の自己管理に苦労している様子はみあたらない。
3は、×である。Fは自分の将来像が描けないでいたと書かれているが、そのことがストレスになっていたことは書かれていない。
4は、×である。これも問題文に書かれていない。
5は、×である。Fが特に自分の権利を主張できない状態にあるといった事情は書かれていない。
以上から、セルフエスティームの意味がわからなくても、消去法で選ぶことができる。
【正解1】
ソーシャルワンカーと一緒にワン ステップUP‼
セルフエスティーム(self-esteem)とは、自分自身を価値ある者だと感じる感覚のことである。自尊感情とか自己肯定感と訳されている。esteemとは、尊重する、尊敬するという意味である。
問題34 次のうち、この時期のFさんと「私」の関係について、適切なものを1つ選びなさい。
1 アドボカシー
2 ヘルパー・セラピー原則
3 パターナリズム
4 パートナーシップ
5 コンフリクト
復習のときは意味がわからなかった用語についてきちんと調べて自分のものにしよう。
ヘルパーセラピー原則は㉒問12で出題されている。
また、コンフリクトは、㉑問19で施設コンフリクトという形で出題されている。
1は、×である。この時期に「私」(=精神保健福祉)がFの代弁をしていたという事情は問題文にはない。
2は、ヘルパー・セラピー原則の意味がわからないと判断しづらい。わからなければ、△にして次に進む。
3は、×である。「私」は同行訪問をしているが、Fに対してパターナリズムと取れるような対応をしていない。
4は、〇である。私とFとは、パートナーシップの関係にあるといってもよいであろう。
5は、×である。コンフリクトは対立という意味であり、私とFとの間にそのような関係は見いだせない。
【正解4】
ソーシャルワンカーと一緒にワン ステップUP‼
ヘルパー・セラピー原則とは、援助者も人を援助することにより得ているものがあるという考え方である。
ヘルパー(援助者)と援助を受ける者とは、単に、援助者が与え、被援助者が受け取るという関係性ではないことを表すものだが、このことはセルフヘルプグループ(自助グループ)において顕著である。
セルフヘルプグループでは、自分が援助的な役割を担うことによって、新しい経験を獲得し、それがその人の自信となり成長することにつながっていく。
問題35 次のうち、この時点のFさんの状況として、適切なものを1つ選びなさい。
1 ステイグマ
2 フラストレーシヨン
3 スケープゴート
4 アパシー
5 アンビバレンス
10年後に届いたFからの手紙の内容から、Fが希望と不安の入り混じった感情を抱えていることがわかる。
もし英語が得意な人なら、すぐに、アンビバレンスを選ぶことができる。
1は、×である。Fは今のところ順調な生活を送っており、スティグマをうかがわせる事情は書かれていない。
2は、×である。Fには将来への不安があるが、フラストレーションをうかがわせる事情は書かれていない。
3は、×である。スケープゴートは、集団内の不平や憎悪を他にそらすため、罪や責任をかぶせられ迫害される人を意味する。スケープゴートにされたような事情もない。
※原義は、生贄のための山羊である。
4は、×である。アパシーは、無気力状態とか無関心な状態である。Fに無気力状態を感じさせるものはない。
※ギリシア語で「感情の欠如」を意味するapatheiaが語源である。社会学では、重要な用語である。
5は、〇である。アンビバレンスは、同一の対象に対して,愛と憎しみのように、相反する感情や態度が同時に存在していることである。
【正解5】